第8章 賢者・顔回の中庸
〇子曰、回之為人也、択乎中庸、得一善、則挙挙服膺而弗失之矣。
読み
子曰く、「回の人と為りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち挙挙服膺(けんけんふくよう)して之を失わず」と。
訳文
先生がおっしゃった、「回(弟子の顔回)の人柄は、よく中庸の道のこの上なき素晴らしさを知って中庸を選択し、一つの善(すなわち中庸)を得ると、それを大切に胸に抱いて失わない」と。
■ 拳拳服膺(けんけんふくよう)___拳拳は、大切に両手で捧げ持つこと。服は身につける、膺は胸部で、胸に抱いて離さないという意味。
第9章 知仁勇と中庸
〇子曰、天下国家可均也。爵禄可辞也。白刃可踏也。中庸不可能也。
読み
子曰く、「天下国家も均しくすべきなり。爵禄も辞すべきなり。白刃も踏むべきなり。中庸は能くすべからざるなり」と。
訳文
先生はおっしゃった。「天下や国や家を公平に治めることは困難ではあるが知者ならば可能である。地位と給料を辞退することは、困難ではあるが、仁者ならば可能である。白刃の閃く敵陣に踏み込むことは困難ではあるが、勇者ならば可能である。しかし、中庸はわずかによくない欲望があれば心のバランスが失われ、実践は不可能である。
参考
中庸においては、知仁勇とは、別に中庸があるように見えますが、朱子学の朱子は、弟子との問答において「中庸は三者の間にあり、これらと別の道理があるのではない。三者を程よく実践できたなら、それこそが中庸である。」と。
第10章 勇者・子路への教え 真の強さとは
〇子路問強。
子曰、南方之強与、北方之強与、抑而強与。
寛柔以教、不報無道、南方之強也。君子居之。
衽金革、死而不厭、北方之強也。而強者居之。故君子
故君子和而不流。強哉矯。中立而不倚。国有道、不変塞乵。強哉矯。国無道、至死不変。強哉矯。
読み
子路 強を問う。
子曰く、「南方の強か、北方の強か、抑而(なんじ)の強か。
寛柔以て教え、無道に報いざるは、南方の強なり。君子之に居る。
金革を衽(しとね)とし、死して厭わざるは、北方の強なり。而(しこう)して強者之に居る。
故に君子は和して流れず。強なるかな矯たり。中立して倚(かたよ)らず。強なるかな矯たり。国に道有れば、塞を変せず。強なるかな矯たり。国に道無ければ、死に至るも変せず。強たるかな矯たり」と。
訳文
子路(孔子の弟子の仲由)が強さについてお尋ねした。先生はおっしゃった、「強さも様々だが、お前のいうのは、南方の人の強さかね、北方の人の強さかね、それともお前の学ぶ者としてのなすべき強さのことかね。おおらかに穏やかに教え導き、道理に外れた横暴にも報復しない、これが南方の人の強さである。一般の君子はこの強さに身を置く。刀や槍・鎧兜を常に身辺から離さず、戦闘に及んでは死も避けない、これが北方の人の強さである。そして、一般の強者はこの強さに身を置く。
しかし、南方の強さも北方の強さも極端で、これらはお前のなすべき強さではない。だから、真の君子は、人と調和しながら人に流されない。まことに強いことよ。中道に立って一方に偏ることがない。まことに強いことよ。国に道義がゆきわたり治まっていれば、君主に仕え、たとえ出世しても、前から抱いていた理想を変えない。まことに強いことよ。国に道義が行われずに乱れていれば、不遇な時を過ごし、たとえ死んでもいつも抱いている理想を変えない。まことに強いことよ。
第11章 君子は中庸に依る
〇子曰、索(素)隠行怪、後世有述焉。吾弗為之矣。
君子遵道而行、半塗而廃。吾弗能已矣。
君子依乎中庸、遯世不見知而不悔。唯聖書能之。
読み
子曰く、「隠れたるを索(もと)め怪しきを行うは、後世述ぶること有らん。吾之を為さず。
君子は道に遵(したが)いて行い、半塗(はんと)にして廃す。吾は已(や)む能わず。
君子は中庸に依り、世を遯(のが)れて知らずして悔いず。唯だ聖者のみ之を能くす」と。
訳文
先生は、おっしゃった、「隠れて偏った理屈を深く追い求めたり、怪しく奇妙なことを行ったりすることは、後世にそれを受け継ぐ者もあるだろう。しかしそんなことはしない。
君子は道に従って実践はするが、(実行力においては力が足りないことがあり)途中でやめてしまう。しかし、私はやめることはできない。
君子は中庸を拠(よ)りどころとし、世間から隠遁して名が知られなくても後悔しない。これは、ただ聖人だけにできることだ」と。
参考
儒教における隠遁は、道義の有無という世俗のあり方が原因であるから、世俗への強い関心を持ち続けています。
その点、日本の隠遁の多くが仏教の無常観や厭離穢土(穢れた俗世を捨てる)の考えとは大きく異なります。
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